王子の桜 02

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日本資本主義の父と言われる渋沢栄一は深谷市出身で幕末から
大正初期にかけて活躍した実業家。
「晩香盧」は渋沢栄一の喜寿祝いに1917年(大正6年)現在の
清水建設株式会社が贈った建物。北区西ヶ原の邸宅跡地に青淵文庫と
ともに建っています。

写真は建物外の空かし唐草模様の入ったレトロモダンな照明越しに見た桜です。





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内部は撮影できませんが和洋折衷の内装、特にレリーフや家具のモチーフには
様々な職人の遊び心を感じました。

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構造材は全て栗という牽牛な建物に煉瓦タイルがアクセントを加える。

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栄一は内外の賓客をここに迎え、歓談を交えながら多くの交流の場とした。

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「晩香盧」の名の由来は菊の花。「‥菊の花だけは晩節の香あり、後れて節を
守るやうな香がする」と述べ、菊を晩香の象徴であるといい
「晩節を清く」という想いを込めている。
春、庭に菊の花はありませんでしたが真白な大輪の椿が色を添えていました。

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そしてこちらが青淵文庫。1925年(大正14年)に竜門社(現在の公益財団法人
渋沢栄一財団)が傘寿と男爵から子爵に陞爵した祝いを兼ねて贈りました。
完成目前に関東大震災に合い、工事は一時中断、その間収蔵予定だった
「論語」をはじめ多くの漢籍や書籍が保管先で焼失、再工事の末完成した
建物は主に接客の場として使用された。「青淵」(せいえん)の雅名は
1858年(安政5年)頃住んでいた深谷市の家の下に淵があり。淵上小屋と
呼ばれたことにちなんで従兄の尾高惇忠によってつけられた。
煉瓦造りの壁体をRC造で補強する構造が特徴。外壁を静岡県天城産の
月出石で仕上げている。

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正面列柱風の開口部ステンドグラスを内側から見た。
タイルと同様、渋沢家の家紋をモチーフにデザインされている。

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撮影できる場所は限られていて、少々残念だったのですが、
入り口すぐに実際に使われていた大テーブルがあり、そこにみごとな
カットワークと刺繍の大判テーブルクロスがかけられているんです。
そのクロスは昔のものではないそうですが、刺繍好きならすぐに目に飛び込んで
くるような品の良い代物ですよ。

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青淵文庫を出て、渋沢資料館へ。桜の名所飛鳥山公園内にある
この建物周りも満開の桜でいっぱいでした。
そして資料館内でこの季節だけ撮影OKのスポットへ。

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窓越しですが、ここからの桜の眺めは圧巻!

3つの建物は300円の一枚のチケットで全て入館でしきます^^v


by sketcher | 2013-03-29 13:21 | 写真帖 | Trackback
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